大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)3292号 判決 1986年9月24日
甲事件原告
X1
甲事件原告
X2
右両名訴訟代理人弁護士
林成凱
乙事件原告
Z1
乙事件原告
Z2
右両名訴訟代理人弁護士
吉井昭
甲、乙事件被告
医療法人松柏会
右代表者理事
関山守洋
右訴訟代理人弁護士
米田邦
甲事件被告
Y
右訴訟代理人弁護士
吉井昭
主文
一 被告Yは、原告X1、同X2に対し、各金七二九万一三五七円及びこれに対する昭和五七年一〇月二〇日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告X1、同X2の被告医療法人松柏会に対する請求及び被告Yに対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 原告Z1、同Z2の被告医療法人松柏会に対する請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用中、原告X1、同X2と被告Y間に生じた分はこれを三分し、その二を被告Yの負担とし、その余を原告X1、同X2の負担とし、原告X1、同X2と被告医療法人松柏会間に生じた分は原告X1、同X2の負担とし、原告Z1、同Z2と被告医療法人松柏会間に生じた分は原告Z1、同Z2の負担とする。
五 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(甲事件)
一 請求の趣旨
1 被告Y、同医療法人松柏会は、各自、原告X1、同X2に対し、各金一四〇九万八九七四円及びこれに対する昭和五七年一〇月二〇日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告Y、同医療法人松柏会の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告医療法人松柏会)
1 原告X1、同X2の訴をいずれも却下する(本案前の答弁)。
2 原告X1、同X2の請求をいずれも棄却する(本案の答弁)。
3 訴訟費用は原告X1、同X2の負担とする。
(被告Y)
1 原告X1、同X2の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告X1、同X2の負担とする。
(乙事件)
一 請求の趣旨
1 被告医療法人松柏会は、原告Z1、同Z2に対し、各金一五〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告医療法人松柏会の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文第三項と同旨。
2 訴訟費用は原告Z1、同Z2の負担とする。
第二 当事者の主張
(甲事件)
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告X1(以下「原告X1」という、)は、A(以下「A」という。)の妻であり、原告X2(以下「原告X2」という。)は、原告X1の実子で、Aの養子である。
(二) 被告医療法人松柏会「以下「被告松柏会」という。)は、精神科、神経科の専門病院である榎坂病院を経営している社団法人である。
(三) 被告Y(以下「被告Y」という。)は、榎坂病院等への入退院を繰り返す精神病患者であり、後記3の本件事故の当時、榎坂病院に入院中であつた。
2 本件事故に至る経緯
(一) 榎坂病院は、約三〇〇の病床を有しているが、一階は、出入口が旋錠されていないいわゆる開放病棟となつていて、比較的軽症の患者が収容され、同病棟の患者は、外出や病室からの通勤も認められている。一方、二、三階は、出入口が旋錠されているいわゆる閉鎖病棟となつていて、重症の患者が収容され、患者の同病棟内外への出入は制限されている。
(二) Aは、大正九年一一月一九日生まれで、長年料理店株式会社バンダリアのチーフコックとして勤務していたが、不眠・胃の不調を訴え、神経衰弱状態(いわゆるノイローゼ)となつた。そこで、Aは、昭和五七年九月七日、榎坂病院に入院したところ、神経衰弱状態、心身疲労と診断されたが、入院後は快方に向い、同年一〇月末日には退院の予定であり、一階の開放病棟に収容されていた。
(三) 被告Yは、昭和二九年四月三日生まれで、後記3の本件事故の当時二八歳であつたが、一七歳当時の昭和四七年一月に精神病を発病し、大阪厚生年金病院に入院し、精神分裂症の診断を受けたほか、昭和四九年八月二五日には幻聴による自殺未遂を企てたり、異常行動を起こし、茨木済生会病院に入院した後は、同病院や榎坂病院、大和病院等に入退院を繰り返し、年間の三分の一は入院、残り三分の二は通院するという状態であり、いずれの病院でも精神分裂症という診断を受けていた。被告Yは、昭和五七年五月二三日、骨折により大和病院に入院したが、入院中、同室の患者を包丁で傷つけようとしたため、同年六月一一日ころ、精神科の専門病院で、以前に入院したことのある榎坂病院に強制転院させられた。被告Yは、本来、清潔好きで神経質であるが、発作が起こると情緒不安定となり、些細なことに激昂し、狂暴となり、言動に統一性を欠き、是非弁識能力がなくなつて、その際には、これまでも、隣人に包丁を振つたことや榎坂病院内でも二度も他の患者とけんかをしたことがある。右発作の症状は毎年春秋には必ず生じ、その前には必ず、目が引きつり眼付や顔付が変化し、不眠を訴え、言葉遣いが荒くなり食欲がなくなる等の前兆がある。被告Yは、同年一〇月一〇日ころ、榎坂病院に入院中の他の患者を殴つたため、同病院内の個室で旋錠される保護室に収容されたが、当時は面会に来た母親に対しても暴言をはく等異常行動が目立つた。それにもかかわらず、榎坂病院では、同月一五日、被告Yを保護室から開放病棟に戻し、Aらと同室に収容し、同月一八日、被告Yに面会した母親が被告Yの言動の異常に気づき、主治医である辻医師や婦長に対して発作の前兆がある旨を告げたのに、その後も被告Yを開放病棟に収容し続けた。
3 本件事故の発生
被告Yは、昭和五七年一〇月一九日午前零時四〇分ころ、榎坂病院の病室内において、Aに対し、暴行を加えて胸骨骨折、左肋骨四、五、六、七、右肋骨二、三、四、五、八、計九本の骨折、顔面右額、左眼窩、前頸部等打撲による皮下出血及び心窩部打撲による膵臓断裂、動静脈切断の傷害を負わせ、同日午前三時一二分、大和病院において、膵臓断裂による出血性ショックにより同人を死亡させた。
4 被告Y、同松柏会の責任
(一) 被告Y
被告Yは、Aに対し、暴行を加え、同人を死亡させたのであるから、民法七〇九条に基づく不法行為責任を負う。
(二) 被告松柏会
(1) 被告松柏会は、その経営する榎坂病院における治療に際し、次の過失により、Aを死亡させたから、民法七〇九条に基づく不法行為責任を負う。
(ア) 被告松柏会は、榎坂病院で昭和五一年から精神分裂病患者である被告Yの治療にあたり、同被告の病歴や症状を熟知しており、同被告は、発作が発症した場合には情緒不安定となり、狂暴性を帯び、他人に危害を加えかねないこと及び発作に先立つて、眼付や顔付が険しくなり、不眠や食欲不振、言葉遣いが乱暴になる等の前兆があることを十分把握することができ、かつ、本件事故発生前に被告Yに発作の前兆があり、発作の発症及び本件のような事故の発生を十分予見できたにもかかわらず、同被告の病状及び行動に充分な注意を払うことなくこれを看過し、軽度のいわゆるノイローゼ患者であるAと同室させた過失により本件事故を惹起させた。
(イ) 被告松柏会は、榎坂病院の管理者として、病室内における異常事態の発生を直ちに把握し、適切な措置を採り、重大な結果の発生を回避すべき注意義務があるところ、本件事故の発生した病室から二部屋離れた所に看護婦室があり、看護婦室には各病室の異常を把握しうる装置があつたにもかかわらず、看護婦らが、本件事故発生当時、物音に気づかず、直ちに異常事態を発見できなかつた過失により、本件事故の発生を未然に防止することができなかつた。
(ウ) 被告松柏会は、本件事故発生後、榎坂病院の宿直医にAの治療に当らせたが、右宿直医としては、Aの受傷の位置及び態様を考慮して受傷の程度、症状等を正確に掌握し、直ちに適切な措置を講ずるべき注意義務があるにもかかわらず、その判断を誤まり、応急処置をしたのみで、事故発生から一時間半以上経過した同日午前二時二二分になつてようやくAを大和病院に転送したが、そのときはすでに手遅れの状態であり、適切な治療を怠つたか、又は大和病院への転送が遅れた過失により、Aを死亡するに至らしめた。
(2) 被告松柏会は、昭和五七年六月一一日、被告Yの法定監督義務者である同被告の父原告Z1(以下「原告Z1」という。)との間で、被告Yに対し適切な治療を行うこと及び自傷他害のないよう保護を与えることを目的とする準委任契約を締結し、同日から被告Yを榎坂病院に入院させていた。
したがつて、仮に被告Yに責任能力がない場合には、被告松柏会は、民法七一四条二項に基づく損害賠償責任を負う、
5 原告X1、同X2の損害
(一) Aの逸失利益 一六九九万七九四八円
Aは、事故当時年収三七五万七二〇〇円を得ており、事故がなければ八年間就労可能であつたから、同人の逸失利益を、生活費三〇パーセントを控除し、年別ラレプニッツ方式で中間利息を控除して算出すると、一六九九万七九四八円となる。
(二) Aの慰籍料 一三〇〇万円
(三) 葬儀費用 七〇万円
(四) 弁護士費用 三〇〇万円
(五) 損害の填補
原告X1、同X2は、被告松柏会から右損害金の内金五五〇万円の支払を受け、これを右損害に充当した。
(六) 原告X1、同X2は、相続により、Aの損害賠償請求権を二分の一づつ承継取得した。
6 よつて、原告X1、同X2各自は、被告ら各自に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき各金一四〇九万八九七四円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五七年一〇月二〇日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告松柏会の本案前の主張
1 原告X1、同X2は、本件事件後、本件訴訟の同原告ら訴訟代理人弁護士林成凱に対し、本件事故につき被告松柏会に対する損害賠償請求の交渉方を委任し、同弁護士は、昭和五七年一一月二四日付の内容証明郵便で、被告松柏会に対し、本訴請求と同一の主張のもとに三三六九万七九四八円の損害賠償請求をした。
2 その後、右原告ら代理人と、被告松柏会の代理人弁護士米田邦との間で、右損害賠償請求に関する示談交渉が重ねられた。その過程で、原告側は、被告Yの粗暴性や危険性を強調して、榎坂病院の予防措置の不足や、さらに榎坂病院の事故後の措置の適否の問題など、本件事故についての被告松柏会側の過失を主張した。これに対し、被告松柏会側では、開放治療の重要性や、それにはある程度の危険を伴うこと、被告Yに問題行動が全くなかつたわけではないにしても、今までに他人に重大な被害を与えたようなことはなく、本件のような死亡事故を起こすまでは予想できなかつたこと、また、本件事故の直接の原因は、Aが被告Yの煙草を窃取しようとしたことにあることなど被告松柏会側の無過失を主張し、一〇万円単位の見舞金程度なら考慮するが、それ以上の要求は受け入れられないとし、示談交渉は難航していたところ、被告松柏会は、昭和五八年六月ころ、原告側から、原告X1が入院したため、人道上の立場から早急な解決を望む旨の申入を受けたことや、なお治療中であつた被告Yにこの種の紛争の継続が悪影響をもたらすことも考え、右原告ら代理人の申入にかかる最終金額の解決金五五〇万円を承認することとし、同年七月一五日、代理人を通じて原告X1、同X2との間で、被告松柏会が原告X1、同X2に対し、右五五〇万円を同年八月一五日までに支払う旨の和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結し、右期限内に右契約を履行した。
3 本件和解契約においては、その際作成された契約書には明文の不起訴合意条項の記載はないものの、原告X1、同X2が名目のいかんにかかわらず何らの請求もしない旨の合意がなされていたもので、弁護士同士が立会の上締結されたこの種の契約には黙示的に不起訴の合意も含まれているものと解すべきであるから、原告X1、同X2は本件の訴権そのものを失つているというべきである。
三 請求原因に対する認否
(被告松柏会)
1 請求原因1の事実中、(一)は知らないが、(二)、(三)は認める。
2 同2の事実中、(一)は認めるが、(二)、(三)は否認する。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実中、(二)は否認する。
5 同5の事実は否認する。
(被告Y)
1 請求原因1の事実中、(一)、(二)は知らないが、(三)は認める。
2 同2の事実中、(一)、(二)は知らないが、(三)は認める。
3 同3の事実中、被告Yが昭和五七年一〇月一九日午前零時四〇分ころ榎坂病院の病室内でAに対し暴行を加え、Aが同日午前三時一二分大和病院において死亡したことは認めるが、その余の事実は知らない。
4 同4の(一)の主張は争う。
5 同5の事実は知らない。
四 抗弁
(被告松柏会)
1 被告松柏会と原告X1、同X2間に本件和解契約が締結され、履行されたことは、前記二の1、2のとおりである。
2 本件和解契約においては、和解金の支払のなされることを条件に、紛争が円満に解決したものとし、原告X1、同X2及びその関係者は、被告松柏会及び榎坂病院関係者に対し、名目のいかんにかかわらず、何らの請求もしない旨の合意がなされており、被告松柏会は、昭和五八年八月五日、原告X1、同X2に対し、和解金五五〇万円を支払つたから、右原告らの被告松柏会に対する本訴請求権は消滅したものである。
(被告Y)
被告Yは、本件事故当時、精神分裂病に罹患し、心神喪失の状態にあつたから、本件事故によつて生じた損害の賠償責任を負わない。
五 抗弁に対する認否
1 被告松柏会の抗弁事実のうち、原告X1、同X2と被告松柏会との間で本件和解契約が締結され、同原告らが被告松柏会から五五〇万円の支払を受けたことは認める。
2 被告Yの抗弁事実は否認する。
六 被告松柏会の抗弁に対する再抗弁
1 本件事故は、榎坂病院において、被告Yの発作の発生を予見できる状況のもとで、発作が起こらないよう適切な治療を施すか、または被告Yを保護室に移し、発作が起こつても、同室の患者に、危害を加えることがないようにして未然に事故を防ぐべき義務があるにもかかわらず、これを怠つた過失により発生したものであるところ、被告松柏会側は、本件和解契約の交渉過程において、原告X1、同X2と被告Y側家族との接触を遮断して、右原告らが、被告Yの病歴、病状等の事実を掌握することを妨げ、また被告松柏会の関山代表理事、藤井事務局長らは、右原告らに被告Yの病状、特に、本件事故直前の発作の前兆について、事実を故意に隠蔽した説明をし、これら一連の欺罔行為により、右原告らは、被告Yの病歴、病状とこれに対応する榎坂病院の措置の妥当性について錯誤に陥り、被告松柏会の過失は僅少であると考え、本件和解契約の締結に至つたものである。したがつて、本件和解契約は、当事者が争い、互譲により決定した事項ではなく、被告Yの病歴、病状及びこれに対応する榎坂病院の措置の妥当性という和解の重要な前提部分となる事実についての錯誤に基づいて締結されたものであるから、無効である。
2(一) 原告X1、同X2は、被告松柏会の前記欺罔行為により、被告松柏会の本件事故についての過失は僅少であると誤信した結果、五五〇万円という少額の和解金による本件和解契約を締結したものである。
(二) 原告X1、同X2は、昭和五九年八月二二日の本件口頭弁論期日において、被告松柏会に対し、本件和解契約を取消す旨の意思表示をした。
七 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の事実は否認する。
2 同2の(一)の事実は否認する。
なお、前記二の1、2のとおり、本件和解契約は、本件事故についての被告松柏会の過失の有無に関する争いにつき、相互に譲歩して成立したものであるから、原告X1、同X2の錯誤等の主張は、まさに右互譲の対象となつた事項に関するものである。
八 錯誤の再抗弁に対する再々抗弁
1 原告X1、同X2は、和解交渉の当初から弁護士に委任し、交渉から和解契約の成立に至る全過程につき右弁護士が関与していた。
2 本件事故後本件和解契約の成立までには約九か月の期間があり、また、原告X1、同X2は、本件和解契約の成立までに被告Yの両親と接触しようと思えばそれが可能であつたから、和解の前提となる事実を十分調査確認しえたはずである。
3 したがつて、仮に、原告X1、同X2が和解の前提となる事実につき錯誤に陥つたとしても、右原告らには錯誤に陥つたことについて重過失がある。
九 再々抗弁に対する認否
再々抗弁事実は否認する。
(乙事件)
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告Z1、同Z2(以下「原告Z2」という。)は、被告Yの実父母である。
(二) 被告松柏会については、前記甲事件一の1の(二)のとおりである。
2 本件事故の発生
本件事故発生の状況は前記甲事件一の3のとおりである。
3 被告松柏会の責任
(一) 原告Z1は、昭和五七年六月一一日、被告松柏会との間で、被告Yに対し、精神分裂病の適切な治療を行うこと及び自傷他害のないよう保護を与えることを目的とする準委任契約を締結し、被告Yを榎坂病院に入院させた。
(二) 被告Yは、重い精神分裂病に罹患し、本件事故前に発作の徴候があり、他人に害を及ぼすおそれがあつたから、榎坂病院としては、被告Yを隔離する等して、被告Yの病状及び行動に充分な注意を払い、自傷他害の事故発生を回避すべき注意義務があつたにもかかわらずこれを怠り、被告Yを保護室からいきなり開放病棟へ移し、Aと同室させた過失により、本件事故を惹起させた。
(三) 被告松柏会の右行為は、原告Z1との間の前記契約上の債務不履行に当るとともに、原告Z2に対する不法行為を構成するから、被告松柏会は、原告Z1に対しては債務不履行責任を、原告Z2に対しては民法七〇九条に基づく不法行為責任を負う。
4 原告Z1、同Z2の損害
原告Z1、同Z2は、被告松柏会の前記過失行為によつて、子である被告Yが殺人者となつてしまつたことにより著しい精神的苦痛を受け、その慰籍料は各自一五〇万円を下らない。
5 よつて、原告Z1、同Z2各自は、被告松柏会に対し、債務不履行(原告Z1)及び不法行為(原告Z2)による損害賠償請求権に基づき各金一五〇万円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五七年一〇月二〇日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3の事実は否認する。
3 同4の主張は争う。民法七一一条と対比しても、原告Z2はもちろん、仮に契約当事者であるといえるとした場合の原告Z1にも、慰籍料請求権があるとは考えられない。
第三 証拠<省略>
理由
第一乙事件について
一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二<証拠>によれば、被告Yの保護義務者である原告Z1は、昭和五七年六月一一日、被告Yを榎坂病院に入院させるに際し、被告松柏会との間で、精神病に罹患した被告Yに対し適切な看護・治療を受けさせることを内容とする診療契約を締結したことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、被告松柏会は、原告Z1に対し、右契約上の債務として、榎坂病院において適切な知識・技術を駆使して、被告Yの治療にあたるとともに、同被告は精神病者なのであるから、その入院生活中、自傷、他害の行為のないよう十分に保護し、監督する義務を負つたといわなければならない。
三そこで、次に、被告松柏会に被告Yを榎坂病院で診療するについて前記診療契約上の債務の不履行及び過失があつたか否かを検討する。
<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
1 被告Yは、昭和二九年四月三日生まれで、本件事故当時二八歳であつたが、昭和四七年に精神疾患を発病し、以来昭和四九年から、済生会茨木病院や、榎坂病院を中心に入退院を繰り返していた。被告Yの疾患は、非定型精神病で、思考回路がうまく働かなくなること、妄想、幻覚が出現すること、誰かに操られているといつた作為体験があることなどの面では、精神分裂病の症状と共通し、広義の精神分裂病の中に含まれるが、病像(病状)が長く続かず、入院期間六か月以内でほぼ寛解(病像がほぼ消失し、安定した状態になること)し、その後、また病像が再燃(シューブ)するといつたことを、非周期的に繰り返すことを特徴とし、被告Yも、寛解時には、退院してアルバイト等の仕事に就いていたが、数か月すると、不眠、食欲不振、精神不安定等の症状が生じて通常の社会生活が困難な状態になり、家族がまた入院させるという生活を繰り返していた。
被告Yの右疾患では、寛解期から病像が再燃するに先立ち、食欲不振、不眠及び目付き、言葉遣い、態度の変化といつた症候が出現することが多く、同被告の家族は、右のような症候が出ると、同被告を入院させることにしていたが、医学的にみた場合には、右疾患で右のような症候が常に事前に発現するとは限らず、また逆に、右のような症候が事前に発現すれば、必らず病像が再燃するとも言い得ない。そして、病像が再燃した場合の被告Yの症状としては、妄想、幻覚あるいは作為体験による自傷や、被害意識に伴う過度の防衛行動等もみられるが、それら妄想、幻覚等による行動が必ずしも中核的な症状にはならず、むしろ情動不穏(気分がいらいらし、変動しやすい。)、行為化抑制困難(欲求を行為に移すことを抑えられない。)、思考の直線化等が顕著となることを特徴とし、これらの症状に伴い、欲求を通す手段として、あるいは欲求の障害を排除するべく、時として、器物を損壊し、あるいは暴力を振うなど、粗暴な言動に出ることがみられたが、それとても常時、そのような暴力的傾向にあるというものではないうえ、同被告は空手の心得があるが、従来の入院生活及び病院外の生活において、他人及び家人に対し、警察沙汰になつたり、看護記録等の上で、傷を負わせたと記録されるような事故を起こしたことはない。
2 被告Yは、昭和五七年五月二三日、右下腿骨折のため大和病院に入院したが、同年六月八日ころから不眠、情動不穏等の症候が出て、果物ナイフを持つて他の患者の顔をのぞき込んでいるところを看護婦に見つけられ、精神科の専門病院で、以前に入院したことのある榎坂病院への転院手続がとられ、同年六月一一日、同病院への七回目の入院をした。
3 榎坂病院は、約三三〇の病床を有する精神科、神経科の専門病院であるが、精神病患者の社会復帰をめざし、開放的療法を主眼としており、一階は出入口が施錠されていないいわゆる開放病棟となつていて、同病棟の患者は、看護婦に届出て自由に出入し、治療上有益とされた場合には病室から病院外に仕事に出ることもある。一方、二、三階は病棟の出入口が施錠されているいわゆる閉鎖病棟となつていて、同病棟の患者は、病室からの出入は自由であるが、病棟内外への出入が制限されている。ほかに各室毎に施錠が可能な部屋として、一階に保護室、閉鎖病棟内に観察室といわれる部屋がある。右保護室、観察室は、患者の精神的錯乱が強く、病棟の中を裸で走り回わるとか、夜中に大声で騒ぎ他の患者の睡眠を妨げるとか、自殺あるいは他害のおそれが非常に強いなどといつた場合に、その患者を右症状がおさまるまで一時的に個別に収容、拘禁し、右錯乱行為を抑止するとともに、集中治療を施すことを目的として設置されたいわば処置室、治療室の性格を有する部屋で、重症の患者であつても常時収容するわけではなく、病室とは異なる部屋である。
4 被告Yは、榎坂病院に転入院後、昭和五七年七月二八日ころ、他の患者に暴力を振つたため、以後一週間ほど外出が禁止されたが、入院時の不眠、情動不穏、行為化抑制困難、思考の直線化等の症状は比較的短期間で静穏化し、同年八月一九日以降は開放病棟に収容され、八月、九月には何回か外泊も許可され、問題もなく経過していた。ところが、被告Yは、同年一〇月一〇日ころ、外泊許可を受けて帰つた自宅に泊らず、夜中に病院に戻つて来たが、同月一三日、被告Yの母親の原告Z2は、榎坂病院に、被告Yが、外出中に家の金を無断で持出して費消しており、病状悪化の徴候が出ているため、外泊を止めさせてほしい旨の電話連絡をした。被告Yの主治医の辻医師は、被告Yが母親が歯医者へ行くための金をくれないなどと訴え、不機嫌になり、他の患者といざこざを起こすなどして安定性が悪化していると認めたので、被告Yと面接の上、反省を促す意味で同被告を二階の閉鎖病棟に移した。辻医師は、被告Yが閉鎖病棟でも他の患者と暴力沙汰を起こしたため、同日夕方、被告Y及び来院を求めた母親と話合つたところ、被告Yがそれまで否定していた金員費消の事実を認めたので、右の事実及び腕力を振つたことに対する反省を深めさせ、自己統制力の回復をはかるため、同日午後七時すぎころ、被告Yを一人で保護室に入れた。
5 被告Yは、その後昭和五七年一〇月一五日まで二晩保護室で過ごしたが、その間の動静は静穏であり、巡回の看護婦らにも、反省していると言つていた。辻医師は、右看護婦からの観察報告を受け、同日、来院を求めた被告Yの父親の原告Z1を交じえて被告Yと話合をし、被告Yの反省態度を確認したところ、同被告が自らの非を認め、今後は開放病棟でもちやんとやつていけるよう努力すると約束したため、保護室での治療効果があがつているものと考え、同日、父親の了承を得た上で、被告Yを保護室から開放病棟に移し、Aら他の患者三名と同じ病室に収容したところ、その四日後の同月一九日、本件事故が発生した。
6 なお、本件事故の直接のきつかけは、被告Yが事故直後に供述したところによれば、同被告は同室内の隣のベッドにいるAが、かねてから、同被告の煙草を取つているのではないかという疑いをいだき、事故当夜、その事実を確かめるため、Aの様子を窺いながら寝ていたところ、Aが同被告の煙草を吸おうとしたため、それをこらしめるために、Aを殴つたとのことであり、本件事故は被告Yがその直後に自ら看護婦に右の事情を申告したことから病院側に発覚したものである。
以上の事実が認められ、原告Z2本人尋問の結果中、右認定に反する部分はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右の事実によれば、被告松柏会の経営する榎坂病院では、精神病患者の社会復帰をめざし、開放的療法を主眼としており、開放病棟であると閉鎖病棟であるとを問わず、病棟内においては患者に病室内外の自由な出入を認め、病室内でも他の患者と同室させて、同一病棟内では他の患者との接触を禁止してはおらず、患者を一人で拘禁するのは、精神錯乱が強く、他の患者に迷惑をかけたり、自傷他害のおそれが非常に強い場合に一時的に錯乱状態がおさまるまで保護室、観察室等施錠できる個室に収容して錯乱行為を抑止し、集中治療を施す必要がある場合に限る扱いをしていたものであり、かかる取扱いは精神病患者の治療、看護、社会復帰を目的とする病院における専門の医師の裁量に委ねられた範囲内の医療方法であつて社会的にも容認されるものと考えられること、被告Yは、榎坂病院に入院中、昭和五七年一〇月一〇日ころから精神状態不安定の症候が生じ、同月一三日ころには二回にわたつて他の患者と争いを起こしたが、もともと被告Yの疾患は、非定型精神病で、病像が長く続かず、一定期間経過後は病像が消失して安定した状態になる特徴をそなえていたのであつて、被告Yは、同月一三日夜から二晩保護室に収容された結果、同月一五日には言動が静穏化し、巡回の看護婦にも主治医の辻医師にも自己の非を反省し、父親の面前で同医師に今後の努力を約束するなどその情動不穏の症候はおさまつていたのであるから、辻医師が、同日、保護室における治療効果が表われ、保護室に収容する目的が一応達成されたと判断して被告Yを保護室から開放病棟の他の三名の患者と同じ病室に移したことは、患者の治療、看護に関して医師としてなしうる裁量の範囲内の行為であつて、これを不当視することはできないこと、さらに、被告Yは、空手の心得があつたが昭和四七年に発病以来暴力沙汰に出ることはあつても、相手方に傷害を負わせるなどの重大な結果を惹起したことはなかつたのであるから、本件事故の六日前の昭和五七年一〇月一三日に他の患者と二回にわたつてけんかをしていたからといつても、担当医師がそのことから直ちに本件の如き重大な死亡事故の発生を予見することは困難であり、また、被告Yの情動不穏の状態がおさまつて開放病棟に移された同月一五日から本件事故が発生するまでの四日間に被告Yの言動が特に変化し、易激性の高まり、情動不穏等の症候が出現し、接触のある他の患者に危害を加えるおそれのある状態になつたとも認め難い(原告Z2本人尋問の結果中被告Yには右期間中に右の症候が出現していた旨の供述部分はたやすく信用できない。)ので、辻医師が同月一五日以降同月一九日まで被告Yを開放病棟内の前記病室に収容し続けたことが、治療、看護方法として不適切であつたということはできないことなどの事情が認められ、これらの事情を総合すると、被告松柏会が、榎坂病院において被告Yを保護室から開放病棟に移し、Aと同室させたことをもつて、原告Z1との診療契約上の債務に違反する不適切な診療行為であつたということはできないし、被告Yの治療、看護に際して遵守すべき注意義務に違反する過失があつたとすることもできない。
四したがつて、原告Z1、同Z2の被告松柏会に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第二甲事件について
(被告松柏会に対する請求について)
一被告松柏会は、原告X1、同X2は、被告松柏会との間で締結した本件和解契約により、不起訴の合意をしたから、同原告らの被告松柏会に対する訴は不適法である旨主張するので、まずこの点について判断する。
原告X1、同X2と被告松柏会との間で本件和解契約が締結され、同原告らが被告松柏会から五五〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。
右争いのない事実に<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
1 原告X1は、本件事故当日の昭和五七年一〇月一九日午前二時三〇分ころ、榎坂病院から、事故の発生の連絡を受け、転院先の大和病院へ赴き、夫Aの死亡の事実を知り、また大和病院へ来ていた警察官から、Aが殴られて死亡したということを聞かされたが、加害者の氏名や、事故の具体的な状況については、通夜、葬儀に際しても、病院等から何らの連絡もないままであつた。
2 そこで、原告X1の姉婿であるB(以下「B」という。)と娘である原告X2の夫C(以下「C」という。)らは、原告X1の依頼を受けて昭和五七年一〇月二一日及び同月二八日、榎坂病院を訪れ、同病院の関山守洋院長、藤井事務局長らに加害者の住所、氏名、病歴、病状、事故の原因等を尋ねるとともに、榎坂病院の本件事故についての責任を追及した。これに対し、榎坂病院側では、加害者は二八歳の男性であること、約六年位の病歴はあるが、過去に外泊等の機会もあつたが、暴力を振つたようなことはなかつたことを説明し、本件事故を事前に予知させるような徴候はなく、病院側として本件事故の発生を予測することは不可能であつた旨答えたが、加害者の住所、氏名は、そのプライバシーに関することであるとして言明を避け、また事故の直接の原因についても、警察の捜査中という事情もあり、これを明らかにしなかつた。そして、右二八日の二回目の話し合いの際、榎坂病院側から、本件事故についての今後の交渉は、双方弁護士を代理人として進めようとの提案がなされたため、原告X1の側では、弁護士林成凱を、原告X1、同X2の代理人として、以後の交渉を進めることにした。
3 原告X1、同X2の委任を受けた林弁護士は、被告松柏会に対しては、昭和五七年一一月二四日付、被告Yに対しては同月二六日付の内容証明郵便で、本件事故による損害賠償として三三六九万七九四八円の請求をした。右請求の原因の骨子は、本訴におけると同様、被告松柏会については、榎坂病院の事故防止策の不十分さ、事故発生後の処置の不適切等を指摘し、また、被告Yについては、直接の不法行為者として、いずれも損害賠償責任を負うとするものであり、右請求金額は、本件和解契約による填補分五五〇万円を除けば本訴請求と全く同一金額である。なお、右被告松柏会に対する内容証明郵便中には「当方としましては、Yにも本件の損害賠償請求を致しますが、Yには支払能力はない模様ですから本書面をもつて前項の損害額全額につき、貴院(被告松柏会)に請求を致します。」との記載がある。
4 被告Yの両親である原告Z1、同Z2は、事故後、しばらくは、榎坂病院側からも、被害者、遺族の氏名、住所等を知らされていなかつたが、やがて、警察からの事情聴取等を通じてそれらを知り、また昭和五七年一一月二五日ころには、榎坂病院側からの勧めで、原告X1方にお参りに行つた。そのうち、同月末ころ、林弁護士から、原告Z1方に前記の内容証明郵便が来たため、原告Z2は、榎坂病院の事務局長らに対応策を相談したところ、榎坂病院側では、病院側に来た内容証明には、前記のような、被告Yには支払能力がない様子なので、被告松柏会に損害金全額を請求すると書かれていることでもあり、当面、原告X1側との交渉は、被告松柏会に任せるようにし、原告Z1、同Z2の側から、積極的に原告X1らと交渉する必要はないのではないかと話した。
5 その後、原告X1、同X2の代理人である林弁護士と被告松柏会の代理人である米田弁護士との間で数回交渉が重ねられたが、被告松柏会は、事故前に被告Yに本件事故を惹起するような徴候が認められず事故を予見することは不可能であつたとの見解をもつていたうえ、被告YのAに対する暴行の原因自体が事故直後の同被告の言動や警察の調べに対する同被告の供述からみて、病的な妄想によるものではなく、首肯できる動機を有するものであると判断していたことから、被告松柏会には法的責任は存しないと主張し続けていたため、交渉は難航した。
6 他方、代理人同士の交渉が進展しないことに苛立を感じた原告X1、同X2は、昭和五八年三月五日、Bを同道して榎坂病院を訪れ、院長、事務局長と面談し、被告松柏会の法的及び道義的責任を追及し、五〇〇万円という具体的金額を話題にして、賠償を求めた。これに対し、被告松柏会は、病気治療のために入院してきたAを、原因はともかく病院の施設内で死に至らしめたことに対しての責任と同情を感じるとして、五〇万円ないし一〇〇万円程度の見舞金であれば支払う用意はあるが、被告松柏会には法的責任は一切ないと考えているため、それ以上の支払意思がないことを明らかにした。
7 原告X1が昭和五八年六月初め、過労と頸椎悪化のために入院したため、原告X2、Bは、被告松柏会に対し、原告X1が、被告松柏会との交渉が解決できないこともあつて、過労心労のために入院したので、人道上の立場より早急な解決を切望する旨の同月二五日付の書面を送付するとともに、同原告らの代理人である林弁護士も、被告松柏会に対し、電話で同趣旨の要請をした。これに対し、被告松柏会は、原告X1の心労に対する同情と紛争の長期化による病院運営や治療態勢に対する悪影響等を考慮し、被告Yには支払能力がないため被告Yの支払分をも事実上肩代わりするという意識をもつていたことも手伝つて、原告X1、同X2の申入に応じるべく代理人米田弁護士と相談していたところ、最終段階で、原告X1、同X2から、先に話の出ていた五〇〇万円にさらに五〇万円の上積みをするよう要求がなされたが、被告松柏会は、結局、これに応じることにした。
8 そして、原告X1、同X2は、代理人の林弁護士を通じて、昭和五八年七月一五日、被告松柏会代理人の米田弁護士との間で、被告松柏会は、原告X1、同X2に対し、Aが被告Yの暴行を受けて死亡したことによつて生じた紛争の全解決金として、同年八月一五日限り、五五〇万円を支払うこと、原告X1、同X2は、各支払のなされることを条件に、右紛争が円満に解決したものとし、原告X1、同X2及びその関係者は、被告松柏会及び榎坂病院関係者に対し、名目のいかんにかかわらず、何らの請求もせず、その名誉や信用を傷つける一切の言動もしないこととの和解契約を締結し、同日、右双方代理人の両弁護士がその旨を記載した「覚書」と題する書面を作成した。
9 被告松柏会は、本件和解契約に基づき、同年八月五日、原告X1、同X2に対し、右解決金五五〇万円を支払つた。
10 この間、原告X1、同X2は、原告Z1、同Z2に対しては、前記の昭和五七年一一月二六日付の被告Y宛の内容証明郵便を送付したほかは、同年一二月三〇日ころ、原告X1が、原告Z2に電話をしたり、原告Z1、同Z2の家の近所まで様子を見に行つたり、あるいは、原告Z1に対し、被告Yに対する請求について回答を求める旨の昭和五八年二月一四日付の内容証明郵便を送付したりしたものの、原告Z1、同Z2が被告松柏会に全てを委せているという態度をとつていたため、それ以上、積極的に交渉をもとうとせず、また原告Z1、同Z2の側でも、右4のような榎坂病院側の話もあり、一度は、独自に、知り合いの弁護士に相談するなどしたものの、基本的に、原告X1、同X2との交渉は、被告松柏会に委せていた。
11 そして、原告X1、同X2は、被告松柏会との本件和解契約が成立し、その履行が終わつた後になつて、昭和五八年九月二日付の原告X2、C、D、B名義の損害賠償に関する話合を求める旨の手紙を原告Z1宛に送付した結果、同月九日、林弁護士の事務所において原告Z1、同Z2と話合をしたところ、被告Yの過去の病状や事故直前の様子についての原告Z1、同Z2の説明が榎坂病院の当初の説明と異なつているのではないかと考えるようになつた。
以上の事実が認められ、原告Z2本人尋問の結果中、右認定に反する部分はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実によると、原告X1、同X2は、昭和五八年七月一五日、被告松柏会との間で締結した本件和解契約において、同原告らが被告松柏会から五五〇万円の支払を受けることにより、Aが本件事故によつて死亡したことに基づく同原告らの被告松柏会に対する損害賠償請求権を放棄する旨の約定をしたものと認められるけれども、本件和解契約が当事者双方とも弁護士を代理人として締結され、かつ、双方代理人の両弁護士によつて、その合意内容が記載された覚書が作成されたのに、その書面には同原告らが被告松柏会に対して本件事故に関して訴訟を提起しないことを約したとの記載がないことからすると、本件和解契約において、同原告らが右の実体法上の請求権を放棄したうえ、さらに、これに関する民事訴訟の提起をしない旨の特約までなしたと認めることはできず、他に右不起訴特約の存在を認めるに足りる証拠は存しない。
したがつて、被告松柏会の訴訟要件に関する前記主張は理由がない。
二請求原因1の(二)、(三)の事実及び請求原因3の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、請求原因1の(一)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
三ところで、原告X1、同X2は、被告松柏会との間で締結した本件和解契約において、同原告らが被告松柏会から五五〇万円の支払を受けることにより、Aが本件事故によつて死亡したことに基づく同原告らの被告松柏会に対する損害賠償請求権を放棄する旨の約定をしたこと及び同原告らが本件和解契約に従い、被告松柏会から五五〇万円の支払を受けたことは右一で認定したとおりである。
四そこで、原告X1、同X2の本件和解契約の錯誤による無効、詐欺による取消の主張について判断する。
1 原告X1、同X2は、被告Yの病歴、病状とこれに対応する榎坂病院の措置の妥当性について錯誤に陥り、被告松柏会の過失が僅少であると誤信した旨主張する。
しかし、右一で認定した事実によると、右主張にかかる錯誤の内容は、単に本件和解契約締結に至る動機にすぎず、本件和解契約において表示されていないものであるうえ、原告X1、同X2は、本件和解契約締結にあたつては、榎坂病院に入院中のAが精神病で同じ病室に入院していた被告Yの暴行によつて死亡したとの事実を知つて、榎坂病院側の事故防止策の不十分さ等被告松柏会の過失責任を主張していたものであつて、前記第一の三で認定した本件事故に至る経緯に照らすと、原告X1、同X2が被告松柏会の過失の有無の判断に影響を及ぼすような重要な事項について錯誤に陥つたものと認めることもできない。さらに、本件和解契約当時における、事故発生経緯についての原告X1、同X2の認識と、その後の本件訴訟についての準備、調査等を経たのちの右事項についての認識がくい違うことがあつたとしても、右事項は、結局、被告松柏会の本件事故発生についての過失の存在を基礎づける事実であり、右一で認定した本件和解契約に至る交渉過程からすれば、まさに被告松柏会の過失を主張する同原告らとその無過失を主張する被告松柏会間で、相互の譲歩の対象となつた事項であり、双方が本件和解契約によつて止めることを約した紛争の目的であつた事項に関するものであるから、右の点についての錯誤は、本件和解契約の効力を失わせるものではない。
2 原告X1、同X2は、被告松柏会の欺罔行為によつて同原告らが陥つた旨主張する。
しかし、原告X1、同X2が被告松柏会の過失の有無の判断に影響を及ぼすような重要な事項について錯誤に陥つたものとは認め難いことは右1のとおりであるうえ、右一及び第一の三で認定した諸事実に照らせば、被告松柏会が同原告らに対して被告Yの病状、特に本件事故直前の症候について、事実を故意に隠蔽した説明をしたと言えないことは明らかである。すなわち、被告Yの病気とその症状、同被告のこれまでの入院生活及び病院外での生活における行動並びに本件事故前の同被告の動静等は、前記第一の三認定のとおりであつて、そもそも、医学的にみた場合、被告Yの疾患は、その病像の深化、再燃に先立ち、何らかの症候が常に出現するとは限らないし、同被告の場合に、目付き、態度の変化といつた症候が事前に出現することが多く、本件事故の一〇日位前にはやや、態度に粗暴な面が見られるようになつていたにしても、その後、保護室内での経過観察等では行動が静穏化し、父親の面前でも素直に自己の非を認めるなど安定した態度を示し、開放病棟に移行後の三日間も特に問題となる行動はみられなかつたのであるから、たとえ同被告の惹起した本件事故が、もつぱらその病像の深化、再燃に起因するものであつたとしても、その前兆というべき症候が事前に存在したと言い得ないことは明らかである。また前記第一の三の1で認定したとおり、被告Yには、従前たしかに、妄想等に基づく奇矯な言動のほか、病像の再燃に伴う粗暴な行動もあつたことは確かであるが、その程度は、傷害事故と言える程重大なものではなかつたのであるから、被告松柏会がこのような面から、被告Yにつき、右一の2の如く過去の外泊等の機会に暴力を振つたことはなく、事故を事前に予知させるような徴候がなかつたとの説明をしたことがあながち事実に反するものとまで言えないことは明らかである。さらに、右一で認定した本件和解契約に至る経過に照らすと、被告松柏会が原告X1、同X2と被告Y側家族との接触を故意に遮断し、同原告らが、被告Yの病歴、病状等の事実を把握することを妨げたものと認めることはできず、他に被告松柏会が同原告ら主張のような欺罔行為をなしたことを認めるに足る証拠はない。
3 したがつて、原告X1、同X2の再抗弁はいずれも理由がない。
そうすると、原告X1、同X2の被告松柏会に対する本訴請求にかかる損害賠償請求権は、本件和解契約の成立、履行により、消滅したものと言うべきである。
五よつて、原告X1、同X2の被告松柏会に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
(被告Yに対する請求について)
一請求原因1の(三)の事実及び被告Yが昭和五七年一〇月一九日午前零時四〇分ころ榎坂病院の病室内でAに暴行を加え、Aが同日午前三時一二分大和病院において死亡したことは当事者間に争いがなく、証人辻悟の証言によれば、Aの死亡は被告Yの暴行によつて生じたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
二被告Yは、本件事故当時、心神喪失の状態にあつた旨主張するので、この点につき検討する。
1 被告Yの疾患(非定型精神病)の特色、その具体的症状等は、前記第一の三の1に認定のとおりであるところ、証人辻悟の証言によれば、同被告の主治医である辻医師からみて、同被告の病像発現中の行動のうち、作為体験等に駆られ、何者かに操られて行動していると感じている場合などは、判断力が相当程度低下しているとみられるが、右のような作為体験等に関係しない行為については、通常の判断力が働くと考えられること、また同被告の症状のうち、行為化抑制困難、思考の直線化等に伴う衝動的、短絡的な行動は、判断力、統制力の後退によつてもたらされることはたしかであるが、その場合でも、それらの能力が全く欠如しているとは言えないことが認められ、被告松柏会代表者尋問の結果も、ほぼ右証言に副うものである。
2 ところで、本件事故の直接の動機、原因として、被告Yが事故直後に供述していた内容は、前記第一の三の6で認定したとおりであるところ、証人辻悟の証言及び被告松柏会代表者尋問の結果並びに当裁判所の検証の結果から認められる、事故後、Aの所持していく煙草ケースの中に、同人の喫煙していた銘柄以外の煙草が混在していたことなどをも考慮すると、被告YのAに対するかねてからの煙草窃取の疑いが、全くの妄想であるとも言い切れないこと、また同被告の供述する事故に至る経緯は、それがすべて客観的事実に符合するか否かはともかく、一度煙草を窃取されているという疑いをいだいたものの、それに対して、確証を得るまで直接の反応、行動に出ることを一旦抑制し、Aの行動を確認してから、本件の暴力行為に至つたというものであつて、一般的にみても、動機や行動の筋道において了解可能な面があるうえ、ある程度の判断力、統制力の存在を窺わせる行為態様であること、そして、証人辻悟の証言及び被告松柏会代表者尋問の結果によれば、医学的見地からみても、同被告の右行動は、妄想に支配されての行動とみるべきではないのみならず、このような順序立つた行為は、同被告の前記のような症状に伴う、従前の衝動的、短絡的行動とは、明らかに異質のものであることが認められる。
3 右1、2に認定したところからすれば、被告Yが本件事故当時、非定型精神病に罹患していたことは認められるものの、その病状が是非弁別の判断力と、それに従つて行動する能力とを全く失なわせる程のものであつたとは認め難いうえ、同被告の本件事故を惹起した行動が全面的に、右精神病による症状に支配されていたとも認め難い。
もつとも、成立に争いのない<証拠>によれば、被告Yを被疑者とする本件傷害致死事件について、大阪地方検察庁の検察官は、昭和五八年四月二七日、被告Yを不起訴処分としたことが認められ、原告X1本人尋問の結果からすれば、右不起訴の理由は、被告Yの精神状態、すなわち、刑事責任能力欠如の疑いにあつたものと認められる。
しかしながら、起訴、不起訴の決定にあたつては、被疑者が、犯行当時、是非弁別能力を有していたか否かという判断のほかに、被疑者が、起訴及びそれ以後の訴訟手続において、訴訟行為能力を有しうるか否かという見地からの判断も加味されると考えられるのであり、不起訴処分になつたということ自体から直ちに、本件事故当時、不法行為上の責任能力がないと認定することができないことは言うまでもなく(なお、本件においても、被告Yが、本件事故の発生と、それに引き続く警察等の取調により、精神的圧迫を受け、事故後、精神状態が変動し、病像が深化した可能性も少なくないと考えられる。)、この事実があるからといつて、前記の認定、判断の妨げとなるものではない。
4 そうすると、被告Yの心神喪失による責任無能力の抗弁は理由がない。したがつて、被告Yは、原告X1、同X2に対し、不法行為者として、Aの死亡によつて生じた損害を賠償する責任を負うものと言うべきである。
三そこで、次に、損害について判断する。
1 Aの逸失利益
(一) <証拠>を総合すれば、Aは、大正九年一一月一九日生まれで、本件事故当時六一才であり、料理店株式会社バンダリアのチーフコックをしていたこと、Aは、右バンダリアから昭和五七年一月から同年三月までは一か月二五万九八四〇円、同年四月から同年八月までは一か月二六万六八四〇円の給料を、昭和五六年一二月に三三万三〇〇〇円、昭和五七年六月には三四万二〇〇円の賞与をそれぞれ支給されていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によると、Aの逸失利益算定の基礎となる事故前の一年間の収入は、昭和五七年一月以前の給料を月額二五万九八四〇円として、合計三八二万六二八〇円とするのが相当であり、将来五年間は就労可能であつたものと考えられる。
(二) しかし、<証拠>を総合すれば、Aは、昭和五七年初めころから、職場の対人関係などで心身の疲労が募り、自閉傾向、不眠などの症状が出現し、神経衰弱状態となり、同年九月七日に榎坂病院に入院し、本件事故当時は漸時軽快に向つてはいたが、なお症状が安定せず、更に一か月の休養が必要とされていたうえ、その後、仮に退院したとしても直ちに就労することはむずかしく、かつ、前記の病気の原因等からみて、従前の職場にそのまま復帰することは相当困難な状態であつたことが認められ、原告X1本人尋問の結果中、右認定に反する部分はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によると、Aが事故がなければ得られた筈の収入額は事故前の収入の七割程度と認めるのが相当である。
(三) 次に、原告X1本人尋問の結果によれば、Aは、その収入によつて、妻の原告X1と二人暮しの生計を維持していたことが認められるから、同人の収入から控除すべき生活費の割合は三割とするのが相当である。
(四) 以上の事実を基礎として、Aの将来の逸失利益を、年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、別紙計算書記載のとおり、八一八万二七一四円(円未満切捨)となる。
2 Aの慰藉料
本件事故の態様、Aの年令、職業、生活状況等の諸事情に鑑みれば、Aの死亡による慰藉料は一〇〇〇万円とするのが相当である。
3 葬儀費用
<証拠>によれば、原告X1、同X2は、Aの葬儀費用として、株式会社吹公社に五二万八〇〇〇円を支払つたほか、僧侶にも三〇万円位を支払つたことが認められ、右事実によると、正夫の死亡による葬儀費の損害は七〇万円とするのが相当である。
4 弁護士費用
本件事案の性質、審理の経過及び認容額等に照らすと、本件事故によつて生じた損害として賠償を求めうる弁護士費用額は一二〇万円とするのが相当である。
5 損害の填補
原告X1、同X2は、被告松柏会から右損害金の内金五五〇万円の支払を受け、これを右損害に充当したことは同原告らの自認するところである。
6 原告X1はX2の妻として、原告X2はその子として、いずれも相続により、Aの右損害賠償請求権を二分の一ずつ承継取得したことは明らかである。
四以上の次第で、原告X1、同X2各自は、被告Yに対し、右三の1ないし4の合計金二〇〇八万二七一四円から右三の5の金五五〇万円を控除した金一四五八万二七一四円の二分の一の各金七二九万一三五七円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五七年一〇月二〇日から各支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものというべきであるが、同原告らの被告Yに対するその余の請求は失当である。
第三結論
よつて、原告X1、同X2の被告Yに対する請求は主文第一項掲記の限度で理由があるからこれを認容し、原告X1、同X2の被告松柏会に対する請求及び被告Yに対するその余の請求並びに原告Z1、同Z2の被告松柏会に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官山本矩夫 裁判官及川憲夫 裁判官村岡 寛)